いただく命への感謝が集まる、築地ならではの供養塚たち──波除神社(東京都中央区)

19/10/24

市場が豊洲に移転した後も、大変な賑わいを見せている築地。波除神社は、その場外市場の隣に建つ神社です。こちらは、いかにも築地というユニークな供養塚で知られています。しかしそれらは、単に物珍しいのではなく、日本人の根底にある心とつながっているのです。

いただく命への感謝が集まる、築地ならではの供養塚たち──波除神社(東京都中央区)

築地という土地柄を反映した6つの供養塚

「築地場内」として都民の胃袋を支えてきた市場が、2018年10月、豊洲に移転。後に残った「築地場外」はその後どうなるのかと、関心を集めていました。結局場外のほとんどのお店はそのまま営業を続けることとなり、今でも大勢の人たちを呼び寄せています。その場外市場と道1本はさんだ場所に、鳥居が見えます。垂れ下がった枝が珍しい銀杏が独特の空気を漂わせているこの神社が、今回お話をうかがった「波除神社」。創建は江戸初期の1659年で、築地の埋立の際に波風を抑えてくれたという霊験あらたかな神社です。以来、災難除けや工事安全、商売繁盛の御利益をもって築地一帯の信仰を集めてきました。こちらには、全国的にも珍しい供養塚があることで知られています。
「やはり築地市場にあるからでしょうね」と、塚について教えていただいた禰宜の鈴木淑人(よしひと)さん。背後には「すし塚」「海老塚」と彫られた石碑が建っています。すし塚は、昭和47(1972)年に東京都のお鮨屋さんの組合によって建立された、最初の供養塚。鮨に欠かせない魚介類への感謝と慰めを込めて建てたものだそう。その後、魚河岸の仲買人による「鮟鱇(あんこう)塚」、天ぷら料理の組合による「海老塚」、活魚を扱う団体の「活魚塚」が相次いで建立されてきました。現在では魚介類のほか、「昆布塚」「玉子塚」といった築地市場で扱っている食材も含め、6つの供養塚があります。それぞれ毎年供養祭を行っていて、同業者の人々が一堂に会し、日々いただいている命に対して頭を垂れて感謝を贈ります。
境内にはそのほか魚河岸の移転碑、牛丼の吉野家碑もあり、やはり築地との縁の深さを感じさせています。

お話をうかがった禰宜の鈴木淑人さん。左はすし塚、隣が海老塚
お話をうかがった禰宜の鈴木淑人さん。左はすし塚、隣が海老塚

左の鮟鱇塚は個人の仲買人が、右の活魚塚は業界組合が建立
左の鮟鱇塚は個人の仲買人が、右の活魚塚は業界組合が建立

玉子塚の供養祭。毎年10月に執り行われています
玉子塚の供養祭。毎年10月に執り行われています

いちばん新しい昆布塚は平成28(2016)年に建立されたもの
いちばん新しい昆布塚は平成28(2016)年に建立されたもの

人形供養や、お守りやお札のお焚き上げも

ところでこちらの神社では、築地市場とは関係ないものの供養も執り行っています。それは、人形の供養。
「人形を『ゴミ』として捨てるには、どうしても抵抗があります。今まで一緒に遊んできたり飾ってきたりしたものですから、単なるモノではないのですね」と鈴木さん。確かに、幼い頃からずっとそばにいてくれた人形には情が移ります。「人間の形」をしていることも、捨てるのをためらう理由かもしれません。
人形は3月の「雛人形供養祭」前の決められた期間に受け付け、1週間ほど飾ってから祭典をした後、お焚き上げを行います。こうして人形のお焚き上げを境内で行っている社寺は、都内では珍しいとのこと。周りが住宅地であることが多いからだそうです。
「当社の周囲は比較的開けているので」という鈴木さんの言葉に見上げてみると、河岸に面した海の上に広い空が続いていました。お焚き上げの煙もその空に吸い上げられていくのでしょう。
供養についてのお話に関連して、お守りやお札の焚き上げも行っていることを教えてもらいました。通常こういったものは年末年始やどんど焼きで燃やしてもらうのですが、こちらでは一年を通じて受け付けているのだそうです。
「お寺のものでもお受けしています。また、人形もそうですが持参していただけない場合は郵送でも大丈夫です」
想いのこもったものは捨てるのではなく、こうして神職によって供養してもらうと、なぜか気持ちも平安になります。この心情は、日本人に特有のものなのです。そのあたりを、さらに鈴木さんに解説してもらいましょう。

供養塚と並んでいる「おきつね様」像。人々が持ち寄りだんだん増えてきたのだそうです
供養塚と並んでいる「おきつね様」像。人々が持ち寄りだんだん増えてきたのだそうです

日本人は、実はとても宗教的な民族

そもそも「供養」と「慰霊」は別のものだと鈴木さんは言います。慰霊というのは死んだ命を弔うこと。清浄な境内に死=穢れを入れることができない神社では、あくまでも供養でなければなりません。
「神社は、人の気持ちを神様へ届けるための役割を持っています。私たちが上げる祝詞(のりと)は神様への報告なのです」
波除神社に当てはめて言うと、海産物や愛用していた人形への感謝の気持ちを祝詞に翻訳して神様に伝えてくれるのが、ここで行っているさまざまな供養ということになります。
ところで築地場外市場の隣という場所柄、ここには海外からの観光客も大勢訪れます。その人たちは「供養塚」をどのように捉えているのでしょうか。
「ガイドさんに聞くと、説明にはとても苦労しているようです。まず、あらゆるものに神様が宿っていることが理解できませんから」
一神教であるキリスト教やイスラム教と、八百万(やおよろず)の神を持つ神道。樹木や岩石にも神様がいるなんて、日本人以外は想像できません。
「よく日本人は無宗教であると言われますが、そんなことはありません。ものには神様が宿っていることを、ごく自然に理解しているわけです。その意味では、日本人ほど宗教的な民族はいないのではないでしょうか」
いただく命への感謝、愛したものへの感謝。それらの想いを託し、届けてもらうための場が神社です。供養に対する気持ちは、日本人の心の奥底でつながっている根っこのようなものですね。

波除神社の外観。絶えず人が訪れています
波除神社の外観。絶えず人が訪れています

築地で牛丼店を創業した吉野家(左)と、大正14年に移転した魚河岸の奉納碑(右)
築地で牛丼店を創業した吉野家(左)と、大正14年に移転した魚河岸の奉納碑(右)

「つきじ獅子祭」で担ぎ出される大獅子は樹齢約三千年の黒檜から彫り出しました
「つきじ獅子祭」で担ぎ出される大獅子は樹齢約三千年の黒檜から彫り出しました

境内で大獅子の反対側に鎮座している「お歯黒獅子」も獅子祭で担がれています
境内で大獅子の反対側に鎮座している「お歯黒獅子」も獅子祭で担がれています

取材協力:築地 波除神社 http://www.namiyoke.or.jp

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