流通しなくなった貨幣はどこへ消える?

20/04/15

皆さんご存知のように、一万円札、五千円札、千円札のデザインが2024年に一新されます。紙幣デザインは、偽造防止のためにこれまでも約20年ごとに変更されており、この刷新も前回の2004年以来20年ぶりのことです。一方、硬貨のほうも2021年度上期に、現行の500円硬貨から2色3層構造の新硬貨に刷新される予定。いまから新しい貨幣(お金)の登場が楽しみな一方で、気になるのは、そのとき、いま使っている古いお札や硬貨はどうなるのかということ。そこで今回は、市場に流通する貨幣がいかにして生まれ、どのように役割をまっとうし、最後はどうなるのか、詳しく取り上げてみたいと思います。

1年間に処分される紙幣は約3000トン!

流通しなくなった貨幣はどこへ消える?

まず、お札(紙幣)の“生い立ち”から見てみましょう。「銀行券」と呼ばれる紙幣は、日本銀行(日銀)の指示のもと「国立印刷局」で印刷され、千枚ずつの束に仕上げられて日銀に納入されます。その後、紙幣は“日銀に預けている当座預金の引出し”という形で民間の金融機関に送り出され、銀行窓口やATM等を通じて私たちのもとにやってきます。そして様々な取引の決済手段として用いられることで、また違う店や人へと流れ、市場を巡ったあと、金融機関への預金等を通じて再び日銀へ戻ってきます。
そもそも紙幣の寿命はどれくらいでしょうか。紙幣は丈夫な紙でできていますが、人から人へと次々に渡るため、寿命は短く、一万円札で平均4~5年程度、五千円札や千円札は釣り銭等のやり取りで多く使用され傷みやすいため、1~2年程度といわれています。
日銀に戻った紙幣については、一枚一枚「銀行券自動鑑査機」に通され、偽造や枚数、破損や汚れをチェックしたうえで、再流通に適しているか選別されます。こうした「鑑査」の結果、流通に堪えられる紙幣は日銀の窓口から再び金融機関に供給され、傷みや汚れで流通に適さなくなったものは復元できないほど細かく裁断されます。その理由としては、汚れたお札は偽造券と判別しにくいため、偽造防止の観点からも流通させるわけにはいかないのです。
裁断処分される紙幣の量は、年間なんと約3000トンだそう。その裁断屑については、約半分が住宅用建材や固形燃料、トイレットペーパー等にリサイクルされ、残りは一般廃棄物として焼却施設で燃やされるそうです。このように流通を終えた紙幣は、もう一度新たな形に生まれ変わって活用されるものもあれば、一方で偽造や不正を防ぐという重大な責任をまっとうするために、焼却という形でこの世から消えゆくものもあります。2024年の紙幣の切り替えでは、日銀の「鑑査」を通じて旧札の大部分が回収されつつ、その一方で新札が市場にデビューし、お金としての機能を次の時代に受け継いでいくことになります。

硬貨に寿命という概念は当てはまらない

硬貨に寿命という概念は当てはまらない

次に硬貨について見ていきます。硬貨は政府の指示のもと「造幣局」で発行されます。偽造防止に配慮した工程で鋳造され、検査で合格した硬貨が計数・袋詰めされて日本銀行に送られます。それを民間の金融機関が受け取ることで、“お金”として世の中に流通し始めます。
さて、皆さんのお手元には、発行年が20年以上前の10円玉や昭和の100円玉はありませんか。硬貨の耐用年数を考えてみると、たとえば古代ローマ時代の硬貨がいまもオークション等で取引されるように、材質が金属であるため、寿命は半永久的と考えても良さそうです。法律で流通がストップすることはあっても、普通に使用される限りは硬貨であり続けるということです。もちろん古くなると傷や汚れも出ますが、磨り減っていくぶん歴史の生き証人となって、別の価値や新たな愛着につながっていくこともあるのではないでしょうか。
現在の日本の流通貨については、傷みが激しい場合は日銀に戻されます。そこで再流通可能なものとそうでないものに分けられ、使用不能な硬貨は“生まれ故郷”の造幣局に帰され、再度溶かして(鋳潰して)別の硬貨の材料となります。つまり硬貨の場合、どんなに損傷がひどくても、この世から消えてなくなることはなく、鋳潰という処理によって新しく生まれ変わり、繰り返し再利用されていくことで無駄になることはなく、ずっと生き続けます。そう考えると、紀元前から存在したとされる硬貨は、ものの尊さ(価値)を未来に残していくために人類が生み出した、知恵の結晶だといえなくもありません。
一方、歴史を振り返ると、損傷等に関係なく、強制的にお金としての生涯を終了させられた硬貨も存在しました。たとえば、金属価格の高騰やインフレーション等により、素材となる金属が額面以上の価値を持ってしまい、鋳潰されたケースもあります。また、カナダのペニー(1セント貨)の場合、製造費用が額面以上に掛かるという理由で、2012年秋に100年の歴史に幕を降ろしました。人々はペニーとの別れを惜しみ、鋳造最終年には記念貨も発行されています。こうした記念貨は、時代の政治状況や経済事情によって、たとえ硬貨が姿を消したとしても、人々の記憶から消えることはないという、貨幣に対する一つの供養の形といえましょう。

人間と貨幣のお別れは近づいている?

人間と貨幣のお別れは近づいている?

日本では新貨幣が登場する一方で、経済産業省が2025年までにクレジットカードや電子マネーなど現金を用いないキャッシュレス決済の比率を、欧米並みの4割程度に上げる方針も掲げています。皆さんはそこに矛盾を感じませんか。
世界に目を向けると、キャッシュレス化やマネーロンダリング(資金洗浄)対策で高額紙幣の廃止が加速しており、たとえば、シンガポールの1万シンガポールドル紙幣、EUの500ユーロ紙幣等は発行が終わり、アメリカやカナダ、オーストラリアも高額紙幣の廃止を検討しているといわれます。加えて近い将来、インターネット等の仮想空間にデータとして存在する仮想通貨による決済も一般化し、電子マネーのように使用されるともいわれています。そんな時代になぜ新しい高額紙幣なのでしょうか。
それは日本が、いまだに月末の銀行ATMに多くの人が並ぶような現金主義の国だからだと考えられます。世界の動向に合わせて、高額紙幣廃止の声も上がったそうですが、1万円札をなくせば混乱を招くとして政府と日銀が見送ったとのこと。日本の現金主義の背景には、日銀の超低金利政策の影響で銀行に預けない、50兆円規模ともいわれる「タンス預金」の存在があります。さらにまだ現金支払いしか受け付けない店舗や施設が多いという現状もあるようです。これらを考えると、日本人の根底には、形として実体があるものを、より信じて尊ぶ心が根付いているのかもしれません。とはいえ、世界的に現金利用が減少するなか、今後は日本でもキャッシュレス比率が高まり、現金の需要は減っていくことでしょう。そう考えると、紙幣の刷新は今回が最後という可能性も否定はできません。ちなみに日銀によると、前回の切り替え時は、交換されずに家庭で眠ったままの1万円札が多く、一年ほど経っても切り替え率は6割前後と伸び悩んだそうです。日銀は今度の紙幣の切り替えで、タンス預金を市場に引っ張り出して旧札を回収したい意向もあるようです。はたして私たちは、そのときをどのように迎えるのでしょうか。新デザインを歓迎するとともに、古い貨幣とのお別れに際しては「お疲れ様」という労いの気持ちを忘れず、感謝して送り出してあげたいものです。

供養の日トップページへ戻る