25/12/11
現在、一般社団法人 供養の日普及推進協会では、『令和に生きる私たちの“供養と感謝” こころをつなぐ未来へ』というテーマで、二つの特別映像をYouTube「9月4日は供養の日チャンネル」にて配信し、供養の日(9月4日)を広く知っていただくことを目指すとともに、現代社会における「供養」と「感謝」の意義を映像で伝えることで、人々が改めて先祖・故人への想いを深めるきっかけを提供しています。今回は、この2編の動画「供養と感謝編」と「こころをつなぐ未来へ編」から、いくつかの見どころをピックアップしてご紹介します。

収録場所:
不虚山當知院 重願寺(浄土宗)(東京都江東区猿江1-11-15)
登壇者:
法相宗大本山薬師寺 大谷 徹奘 執事長

自分だけでいまを生きているのではない

実は、この動画が収録された重願寺は、1945年3月10日に東京大空襲で激しい爆撃に遭った場所とのこと。当時、先代住職にあたる大谷執事長の父親は小学生で疎開をしていて難を逃れましたが、この空襲で両親と兄弟を失くし、孤児になったそうです。そして、その後父親は亡くなるまで一度も孤児の時代を話すことはなかったといいます。「人間は血がつながっている、つながってないといった小さな集まりで生きては駄目だと思います。私はここに帰ってくるたびに、自分だけでいまを生きているのではない。皆のおかげ様の上に自分が立っていると戒めています」。
2025年は戦後80年の節目の年。その間、重願寺は先代住職の父親が焼け野原から頑張って再建し、兄の代に建て直して現在の姿があるそうです。「このお堂もまた目に見えないたくさんの人たちのおかげ様に包まれている場所なので、今日どうしてもここで収録したかったのです」。大谷執事長は重願寺を撮影場所に選んだ理由をそう語られます。
続いて、“令和という時代に供養や感謝の形はどのように変化しているのか”という問いかけに対し、「人間は個人だけで生きることができないという学びが足らないから、目に見えないものに対し、手を合わせるという供養の心が分からなくなってしまっている」とのこと。ただし、いまを生きる人たちが悪いわけではなく、教わってないだけ、学んでないだけで“知らなかったら知ったらいい、学んだらいい”と強調されます。「昔はお父さん、お母さんたちが忙しいと、人生を何でも知っているお爺ちゃん、お婆ちゃんが、今日幸せなのはご先祖様がいたからだよと、目に見えないものを供養したり、目に見えるものに感謝をすることを教えていた。そういうことを教われなくなったのです」。そして、先祖を祀るお墓を取り除き、家に仏壇を置かなくなった現代の風潮に警鐘を鳴らされます。「そうなったのは、学んでいないから。だから新しい時代の勉強方法として、この映像で学んでいない供養・感謝を学んでもらうことが重要だと考えています」。
令和の時代に供養の心をもう一度取り戻さないといけない

重願寺の「みまもり観音」
「“供養”は、いまの時代には難しい言葉」と語られる大谷執事長。いま着ている服も、座っている椅子も、自分で作ったものは何一つなく、すべて誰かが作り、人様から与えられているもの。だから大切なのは、それを与えられることに感謝することだと話されます。「気に入らないと文句を言ったり、自分の感情を優先しすぎると、人間はすべて面白くなくなる。感情はあってもいいけど、その前に皆が“ありがたい”と言ったら不幸な顔はなくなると思います」。
近年ロシアがウクライナに侵攻した際、親とはぐれて一人ぼっちで泣きながら歩く11歳の子どもを見て、大谷執事長は孤児だった父親の姿が重なり、孤児時代のことを一言も話さなかった父親の気持ちに寄り添えたとのこと。「父だけでなく、世の中の人皆が苦労してくれたおかげで、自分はいまこんなに幸せでいられる。ありがとうと手を合わせたら、それこそが最大の供養じゃないかと思います」。お賽銭を出す、花を添えるとかそんな特別なことでなく、モノでなくても心さえあったらいいと強く訴えられます。「いただいたものをまず大事な人にお備えする、そんな場所が昔は仏壇でした。それを失くしてしまった平成・令和ではもう一回学び直さないと、その心を人々にリレーしていけない。個だけが強く、“自分だけ”といっている間に連続性のない、点だけの民族になってきたから、取り戻さなければいけない」。
最後に大谷執事長から、薬師寺の聖観音像が原型だという重願寺の“みまもり観音”の紹介。「父は戦争中の話をしなかった。だけど苦しかったのだと思います。父が“みまもり観音と名付けたのは、すべての人が、母親のような温かい慈悲のまなざし、心に包まれて生きているんだと感じて欲しいということだったのかなと思うのです」。
※Vol.1「〜供養と感謝編〜」は、You Tube「9月4日の供養の日チャンネル」(以下のURL)にて配信中です。ぜひご覧ください。
https://youtu.be/izIvm71ahcs
収録場所:
株式会社サティスファクトリー 本社オフィス(東京都中央区)
登壇者:
法相宗大本山薬師寺 大谷 徹奘 執事長
株式会社サティスファクトリー 小松武司 代表取締役

未来の世代へ供養と感謝をどう受け継いでいけばよいのか
二つめの特別動画は、大谷執事長と、株式会社サティスファクトリー 小松武司 代表取締役の対談です。お二人は、古くからお互いの活動を応援し合い、「供養の日普及推進委員会」の大澤静可会長とのこ゚縁も共通する関係。株式会社サティスファクトリーは、環境問題を解決する企業として、廃棄物マネジメントや環境コンサルティング、再資源化プロダクト事業などを展開しています。今回の収録は小松社長のオフィスで行われ、そのオフィスのシンボル的作品であるウォールアートの話題からスタートします。

サティスファクトリー本社オフィスのウォールアート
この作品は、石川県小松市で活動されている陶芸家の親子、北村隆先生と北村和義先生と知り合いである小松社長が、能登半島地震で壊れた二人の陶芸作品を引き取って再活用したものだそう。「私たちの仕事は不要になったモノを捨てず、その価値を見出していくことをコンセプトにしていますので、大事なモノを大事に受け継いでいくという考えで、ウォールアートに変えました」と小松社長。その説明を受け、大谷執事長は「人間の世界でも、年取ったら、病気したら、よくその人の価値を捨ててしまいますが、それは違うと思います。このアートは、会社の若い社員にモノの価値を教える無言のメッセージのように思えます」。
話題は“未来の世代へ供養と感謝をどう受け継いでいけばよいのか”というテーマへ。“目で見て価値がなくなったと判断するのは人間のフィルター”だと主張される小松社長。「違う角度から光を当てれば、モノは価値を持ち続けると思います。もともと価値を持っていたモノが、突然価値を失くすわけがない。自分たちのモノの見方が偏っているから価値を感じなくなるだけ」。この言葉を聞いた大谷執事長は、現代の日本人の風潮と関連付けられます。「感謝する心があれば、すべてに人間は優しくなれる。感謝がないと自己中心的な社会になり、要らないものを当たり前に捨てる。その最たるものがお墓を壊し仏壇を捨ててという世界。捨てる前になぜそれが存在してきたのかを考えなければなりません」。いまの日本人は目に見えないものを意識する場所を、家庭の中からも、教育の場からも追い出していると指摘される大谷執事長。一方で「それに気づいている人たちもいる。そういう人たちがもっと供養と感謝を推進してくださることがこの国の未来を良くすることだと思います」と一筋の希望の光も提示されます。
未来の世代へ供養と感謝をどう受け継いでいけばよいのか

続いて、小松社長は、自然が営む合理的な循環について触れられます。「たとえば、虫の糞は他の生物の餌になる。その生物が死骸になっても別の生物の栄養になって回り続ける。この循環を合理的に無駄なく行い続けているのが自然です」。そして、それは人も同じことだと。「亡くなった方たちに価値がなかったかといえば、私たちはその人たちに育ててもらった。その価値をつなぐのは私たちで、さらに子どもたちやその次の世代に価値をつなぐ者が育ってくると思います」。価値の循環は人にも活かせる考え方であると力を込められます。

その想いに頷きながら、以下のように付け加えられる大谷執事長。「“供養”の“供”という字は“人が共にある”と書き、次は“養う”という字。上の世代の方たちがいたおかげで私たちは養われてきました。今度は私たちが次を養っていかなければいけない。これこそが“供養”だと思います」。加えて、その根底には“あリがとう”という感謝の心がなければいけないと一貫して強く訴えられます。
最後に小松社長は「資源を循環させる仕事をしていますが、モノの価値は実は失われないものだと思います。ずっと回り続ける。その価値を見いだせるかどうかは自分次第です」。それゆえ、どう未来につなげていくか自分たちが大事な役目を担っていると改めて決意を示されます。一方、この動画を繰り返し見てほしいと切望される大谷執事長は、「いまを生きる私たちが未来を輝かせ、過去に感謝の念を持ち続けることが“供養と感謝”です」とのメッセージで締めくくられます。
※Vol.2「〜供養と感謝編〜」は、12月10日よりYou Tube「9月4日の供養の日チャンネル」(以下のURL)にて配信されます。ぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=2ieJeawYAGY&t=7s